綿棒と毛抜き

社会人6年目。某旅行会社に勤める。働き方について。

大学を出て就職した、気付いたらワーキングプアになっていた

 

2012年、都内の大学を卒業し就職した。

就職先は大手旅行代理店。旅行会社で働くというと周りからはよく旅行が好きなのかと聞かれた。旅行が好きというよりも、旅行によって得られる感動経験によって多くの人の人生を精神的な側面から豊かにしたい思い、旅行会社で働くことに決めた。

就職活動は9ヵ月間程行った。最終的に内定が出たのは大学4年生の7月。この年は東日本大震災もあってほとんどの企業が採用スケジュールを見直していた。それを考慮しても私が内定をもらえたタイミングではまわりの7,8割くらいは進路を決定しており、私は完全に就活迷走組だった。

就職活動は旅行会社や人材会社を中心に受けた。5月に一度持ち駒がほぼ0の状態になった後は業界構わず、エントリーしまくった。200社近くプレエントリーをして、7,80社のエントリー(ウェブテストや履歴書)をしたと思う。結果的に2社の内定をもらえた。就職を決めた旅行会社の他に求人広告事業や人材サービスを行う会社が一社。旅行会社が安月給なこと、激務なことは重々承知でしたが誰もが知っている「大手」旅行会社というバリューに魅かれて進路を決めた。

給料についは初任給18~17万程度と書いてあったと思う。低いとは思ったがあくまで「初任給」。ネットで調べたところによると、平均年収が470万程度、平均年齢が30歳程度(確か)と記載があったため、30歳で年収470万あってやりたいことできれば十分だわと当時の私は思いそこまで安月給なことは気にしなかった。

 

そして働き始めて22ヶ月。額面は18万、手取りが約15万である。ちなみに一度手取りが13万だったことがある。大学時代のバイトでも週5で入ればこれくらい入った。恐ろしいのが32歳の先輩もこの給料なのだ。生活ができない。

 

いつ道を踏み外したのだろう。

 

高校はそれなりの進学校へ、運動部に入り夜暗くなるまで練習した。素晴らしい青春と引き換えに学力は校内最低だった。高校3年生の夏から死にもの狂いで一日13時間勉強し第一志望の早稲田大学には落ちたが、MARCHには受かった。私は安定して「中の上」いた。

大学生活は幅広く様々な活動をした。ゼミの活動も充実していたし海外にも行った。それなりに友達も多く、彼氏もいた。家庭環境もお金持ちと言えなかったけど姉妹ふたりを私立大学に進ませてくれた。そして就職活動を迎え、就職したのである。

安定して「中の上」にいた「はず」の私は気付いたらワーキングプアになっていた。

 

私は就職活動が一生を左右する!などという脅しをしたいわけではない。かといって就職活動のハウツーを行うわけではない(そもそもそんな結果を残せていない。)ワーキングプアな生活をつれづれと書きたいわけではない。

なんとなくこの状況に気付いてしまった以上、新しい扉を開きたくてブログを書いた。

 

これから私の人生どうなるのだろうか。

24歳、ワーキングプアなう。